月ノ下 狸櫻 のブログ

爽やかで前向きな気持ちになれる話が好き

パラダイス学院留学生委員長アリス(60-05)

「信じてもらえないなら構わないわ。でもこの話にはもう一つの面があって、実は健には悪いけれど、いろいろと調べさせてもらったのよ。データを」
「データ?」
「個人情報とでも言うのかな」
「どうやってそんなもの調べられるんだよ」
「実家から学校へちょっと圧力をかけてもらったのよ」
「それって違法なんじゃ」
「もし気分を害したなら謝るわよ。ごめんなさいね」
「そういう問題か」
「好きにして構わないわ」
「・・・」
 いや、話が微妙にかみあっていない気がする。もしかして、やばいやつなんじゃないか。少しはそういう気がしていたが、残り半分は、ほとんど会話をするのが初めでであるにもかかわらず、妙にそのキャッチボールが楽しく、少し話を続けてみたいと思った。
「話変わるけどさ、君、日本語上手だね。幼いころからのバイリンガルなの?」
「Aliceって呼んで頂戴。褒めてもらってありがとう。日本語は、ここ一年くらいしか勉強したことがないわ。難しくて苦労したわよ」
 ここで僕はアリスが、一組1番だったことをようやく思い出した。この学院はトップとボトムの学力差が激しく、クラスが二つ三つ違うと、もう別の学校なのではと思うくらいの差があった。同じなのは、日本の普通の高校生と同じく、一学年の間に16歳になるという生年月日が同じ年度に属しているということくらいしかない。一組の生徒は、ほとんど皆、超高校生級で教室の配置もカリキュラムも指導教員も二組以下と全く別の体制が敷かれていた。特に、トップ9名の招待された留学生は、本国では飛び級で、既に大学や下手をすると大学院クラスの生徒も集めているという噂を聞いたことを思い出した。
「それは凄いね。そもそも、僕たち、普通の高校生と頭のつくりが全く違うんじゃないか。どうすれば、一年で外国語が身に付くのか理解できないよ」
「それは、一年間日本語学習のための専属講師についてもらって、ほぼ一年間日本語漬けの生活を送ったからなんとか普通の会話はできるようになったのよ。でも、その講師が随分澄ました感じの気高い女性だったから、少し口調に癖があるかもしれないし、あまりくだけた表現とかできないのよ。それに、健。さっきから普通、普通って言うけれど、確かに日本の高校生にとっての普通ではないかもしれないけれど、普通って一体何なのかしら。そんなこと気にしなくてよくてよ」
「うーん、そうなんだ。でもやはり、普通っていうのは、何か、そういった、なんだろう、偏差値とか、そういうものじゃなくて、共通の価値観、いや、違うな、なんていえばいいんだろう、同じ判断基準みたいものとでも言うのかな。何か、そんなものをもっていないと話も合わないんじゃないかと思って」
「一般的には、そうだと思うけれど、それは、違うと思うわ。あなたには、まだわかっていないかもしれないけれど、確かにこの学院は様々な国の様々な考え方をもった生徒が集まっているけれど、この学院の校風というか、もっとストレートに言えば、校長先生の価値観に沿った、そういう意味では同じ価値観をもった生徒が集められているのよ。その中でも、健、あなたとは話が合うと思うのよ。どう、こうして話をしていて、少なくとも話はかみ合っていると思わないかしら」
「うーん、そうだな、そう言われてみれば、そういう気もしないわけでもないな。でもさ、話戻るけど、やっぱり、どうして僕なのか納得いかないよ。何か大きな意味での価値観は共通なのかもしれないけれど、別に学院生全員と趣味があうとか、そんな感じでもないよね。というか、まだ気持ちの整理ができないよ」
「ええ、結構よ。おそらくこうなるだろうと予測済みよ。そして、最終的に受けてくれるとも予測しているわ。今日のところは、このくらいにしましょう。良かったら考えてみて。OKのときは、4月11日の放課後に、生徒会運営委員会の組織会があるから、そこに来て頂戴。場所などは先生に聞けばわかるようにしておくわ。一人では不安だったら、お友だちの、何でしたっけ、相馬隼人君、彼も誘ってみて一緒に来て頂戴。彼も受けてくれるだろうと分析しているわ」
 たたみ掛けるように、そういうと、ちょっと間を置いて
「最後に失礼の無いように補足しておくわ。あの日見晴らし台で“偶然”会ったとき、一目惚れしたのよ、健、あなたにね。じゃあ、またね」
「あ、ああ、また」
 キツネにつままれたというのは、こういう感じなのだろうか。そういえばアリスは動物に例えるとキツネという感じもしなくもない。
 この偶然の出会いと奇妙な告白から、僕とアリス・バイオテックとの不思議な交際がはじまった。