月ノ下 狸櫻 のブログ

爽やかで前向きな気持ちになれる話が好き

パラダイス学院留学生委員長アリス(60-08)

 4月11日の授業後、僕と隼人は生徒会運営委員会集会室に向かっていた。しかし、学校の教室から思いのほか遠くて焦っていた。学院に隣接して、学院の敷地の何倍もあるかという帝都電力工業技術研究所があるのは知っていたが、学院の生徒会運営委員会集会室が研究所敷地の会議棟にあることを知ったのは、つい先ほどのことだ。
 この研究所は、広い敷地にいくつかの研究棟があり、どこかの総合大学か小さな学園都市といった規模があり、その中でも、公会堂ホールと会議棟はひと際大きな建物であった。会議棟は鉄筋コンクリート造20階建ての展望棟を兼ねており、町で一番の高層建築だ。その4階を学院生徒会関係のフロアーで占めていた。ちなみに、この建物で学院関係のフロアーがあるのは4階だけで学院の先生方が会議をするのは学校敷地内にある教務棟の会議室だった。こちらの方がよほど、合理的だ。生徒会関係だけが研究所にあるのだが、この辺りのカラクリはとても面倒なので後にする。
 歩きながら隼人が話しかけてきた。
「いや~そういえば、この研究所って中学のとき社会科見学で来たことがあるが、あのときは、展望棟から町を見て騒いでいた程度しか覚えていなけれど、こうやって改めて見てみると、よくぞこんな田舎にこんな凄い施設を作ったものだという感じだな」
「そうだな。それは、そうと、まだ場所も特定出来ていないんだから、急がないと間に合わないんじゃないか。指定の午後4時45分までにあと15分しかないぞ」
「いや、大丈夫だろ。場所が特定できていないというが、あそこに見えている20階建ての建物だろ、もう目の前まで来てるじゃないか」
 そうである。こんな田舎の中にあれだけの建物があれば目立たないわけがないし、もう200メートルほど近くまで来ているので、隼人の言葉を借りれば、まさに目の前まで来ている。学校貸与のスマホを持参していれば、入館時にゲートもほぼスルーパスするはずなので大丈夫とは聞いているが、なんだか心配であった。
 そんな心配をよそに、難なく学生服のまま入館した僕と隼人は警備員からエレベーターホールから4階に行けばわかるとだけ伝えられた。各階のエレベーターホールは十分に広く、ホールで各階のフロアーの配置は一目瞭然になるようにサインが工夫されていた。
 4階の約半分が生徒会室となっており、残りの部分が丁度4等分に分けられ各学年の生徒会運営委員会集会室と倉庫となっていた。ビルの各階の面積自体はそんなに大きな建物ではないが、それでも運営委員会の集会室だけで学院の教室より広いだろう。
「おい、大丈夫なんだろうな、いまさら心配になってきたぞ」
 重厚感のある建物の威容に飲まれたのか隼人がそんなことを言ってきた。中体連では全国大会まで行ったことのある隼人がそんな弱々しいことを言うのは珍しいが、態度を見ているとそこまで思いつめた様子もなく、むしろ、同じことを考えていた僕を慮ってのことだろうことを察した。
「別に取って食われるわけじゃないし、大丈夫だろ。それより、時間も無いし、行くぞ」
 隼人とは逆に、内心とは裏腹の気丈なことを自分に言い聞かせるように進んだ。少し進むと、すぐに目的の部屋の扉があった。重厚な扉を前に、どうすれば良いか思案された。部屋の中の様子もわからないし、ノックするのも何か変な気がしてしばらく逡巡していると不意にインターホン越しにアリスの声が聞こえた。

「健、来てくれたのね。それから相馬隼人さんね。待っていたわ、中へどうぞ」
 どうやら、僕たちの動きは監視されていたらしい。おずおずと扉を開けると部屋の隅に3名ほど事務的な役らしい席があって、その中の一人から中へどうぞとジェスチャーで中へ促された。あとで聞くとこの人は学院の生徒会専従の事務職員で川内澄江さんという。会議の際には書記を兼ねているとのことであった。3名の中の一人はマハンであったが、彼は知らんふりをしていてその態度が逆にいつもらしくて安心させられた。
 部屋の中は、特にパーティションで仕切られることもなく、入り口を入って左の短辺の壁に沿って事務机とロッカーが配置してあるほかは、ほとんどがオーバル状の重厚な会議テーブルで室内全体が見渡せた。アリスは最も遠方となる上座の中央に座していた。
「健、相馬さん、来ていただいてありがとうございます。どうぞ、席におかけください」
 いつもより、丁寧な口調でそう促した。
 どこの席につけば良いか見回していると、川内さんがまたジェスチャーで着くべき席を示した。その席は、オーバルの会議テーブルの中ではアリスの正面で最も下座になるが、マハンや川内さんは会議テーブルの中ですらないので、そこよりは上座だろうそこに座ることに一瞬の躊躇いを覚えたが、ほかに選択の余地はなさそうなので、おそるおそる席についた。
 14名がけのテーブルには、9名の委員と僕と隼人の2名で11名が着席した。事務方に3名がいるので、全員テーブルに座れば14名丁度になるが、僕と隼人の脇は空席となっていた。
「これで、全員揃ったわね。では、生徒会第一学年運営委員会の組織会を始めます。今、来たのは私が事務局に指名した福島健さんと相馬隼人さん。健は私のボーイフレンドでもあります。事務局を引き受けてくださるということでよろしいですね」
 あっさりとボーイフレンドなんていうからまたドキリとして、「はい」と一言いうことしかできなかったし、そもそも、一番遅れてきたのが僕たちらしく恐縮していた。しかし、隼人は開き直ったかのように堂々としていて。
「はい。相馬隼人です。よろしくお願いします。隼人と呼んでください」
 などと平然と言った。おいおい最初から、そんなこと言って大丈夫かと思ったが
「隼人、よろしくね」
 アリスはあっさりと流した。他の委員の半分は面白そうににやにや笑いながらこちらを見ており、残り半分は特に良いも悪いもなく、どんな人かと見ている程度だった。ただ、少なくとも、批判的であったりさげすんだりする人は無かった。
「では、会議を始める前に、今日、ここに集まったのは、皆さん初めてなのですから、名簿順に自己紹介をお願いします」
 アリスは唐突に言うと、いきなり自分の自己紹介を始めた。