月ノ下 狸櫻 のブログ

爽やかで前向きな気持ちになれる話が好き

パラダイス学院留学生委員長アリス(60-02)

 振り返ること、丁度一週間前の4月1日、学生寮への入寮手続きを済ませ、少ない荷物の整理を終えた僕は、学院から近い海岸沿いで福島第一原発サイトの北側にある復興祈念公園の見晴らし台に制服のまま来ていた。太平洋と被災地を一望できサイトを遠望できるこの見晴らし台は僕のお気に入りの場所だ。確かに地元で育った僕は震災後大変でなかったといえば嘘になるが、自分自身が誰かを支えているわけでもなく、自宅は内陸で家族の犠牲がなかったので、どこか人事のように震災を客観視し、誤解を恐れずいえば、その状況を面白がってすらいた部分があったかもしれない。そして運命の無常、幸せと不幸は、なんとも偶然のうすっぺらな紙一枚も違わないようなところで決められているんだという儚さを実感しながら、郷愁の織り交じった罪悪感とともに、何事も無かったかのように広がる太平洋の麗らかな水平線と被害の爆心地であったにも関わらず一種異様な雰囲気を漂わせながらも静かに鎮座しているサイト周辺のコントラストが僕の感覚を研ぎ澄まさせていた。
 その公園は視察団や休日の家族づれなどが訪れでもしない限り滅多に混雑することはなく、そのときも見晴らし台の特等席のベンチを独り占め出来ていた。
 不意に見晴らし台へ上がってく客人の気配に気づいた僕は、もの思いに耽る時間を中断し、特に視線を向けるわけでもなく、ここを訪れた二人に注意を払っていた。そう特に視線を向けていなかったはずだが、その明らかに特徴的な白人の二人組は僕の集中力の全てをもって注意せざるを得ないほどの独特のオーラを放っていた。
 一人は同年代であろう女性で真っ白なひらひらのワンピースにハット、もう一人は警護人かSPの男とでも言うのだろうか、年のころは二十代後半か三十前後、真っ黒のスーツにネクタイ、サングラスという、アメリカ映画にでも出てくるのではないかと思うコテコテの出で立ちだ。明らかに絵に描いたような良家のお嬢様と、彼女に仕える付き人といった風情であった。そして今、この見晴らし台にはこのおかしな組み合わせの三人しかおらず、一体どうしたものかと内心思いをめぐらしていたが、その女性は真っすぐ僕の方にゆっくりと向かってきた。
 ここで、ようやく僕は見晴らし台の一番良いベンチを真ん中で独占していることを思い出し、席を譲るべきなのだろうか等と考え始めた。
 付き人らしき人が、“He is the boy.”かなにか、英語らしき発音で女性と会話しているのが聞こえたので、やはりアメリカ人かイギリス人などだろうと思い込んで、英語が苦手、という前に外国人とのコミュニケーションが不得手な僕は、なんとなく面倒なことになったなという感じを持っていた。
 その女性がいよいよ僕の間近に立ったので、どうすればいいのかわからないままに視線を上げた。そう、その瞬間、雷に打たれた。バキューン。いやこの擬音じゃピストルだ。
 その女性は、今までに見たこともない美人で、まるでSF映画に出てくるお姫様みたいだ、いや、逆にもしかすると敵の美女ボスキャラかもしれない。
 その澄んだ青い瞳に凝視された僕は、永遠に感じるほど長い2、3秒程の間見つめ合っていた。
「はろー、ないすちゅーみぃちゅー、ここつかいまーすか?」
 と、訳のわからないことを言った僕に対し、彼女は日本語で答えてきた。
「ありがとう。大丈夫よ。いい景色ね」
「・・・そ、そうですね」
「・・・君も、福島第一高等学院の入学生?」
「は、はいそうです」
「私もそうなのよ。アメリカから来たアリス・バイオテックよ、よろしくね」
「は、はい。僕は、福島健、よ、よ、よろしくお願いします」
「Ken、じゃあまた学校でね」
「は、はい。では、また」
 逃げるようにその場を去った僕は、寮につくまで、何をしていたのかはっきり思い出せないほどに動揺していた。